独立行政法人労働者健康安全機構 九州労災病院

手の外科

対象とする主な病気

整形外科と一口に申しましても、昨今では細分化・専門化が進んでいます。「手の外科」とは手関節(=手首の関節)より先端の手のひらや指を専門的に扱う、整形外科の中の一部門です。

「手」は上肢のもっとも末端に位置し、重量物を持つなどといった力仕事から精密機械を組み立てるといった非常に微細な運動まで幅広くこなす、非常に特殊な器官といえます。また、神経・血管などが非常に複雑に入り組んでおり、手の疾患・外傷の治療に当たっては専門の知識とテクニックが不可欠で、当院整形外科では手の手術を専門に扱うスタッフが治療にあたっています。

なお、当院は一般社団法人「日本手外科学会」が認定する「基幹認定施設」です。
「基幹認定施設」として認定されるためには

  1. 3年連続して100例/年を超える手の手術症例を有すること
  2. 「日本手外科学会」が認定する手外科専門医が1名以上常勤していること

などが条件とされます。
以下の資料は、一般社団法人「日本手外科学会」の分類にしたがって手外科領域の手術を分類したものです。それぞれの分類の中で主な疾患についてその症例数を記載しました。

疾患名 2010年 2011年 2012年 2013年
骨折 142 161 166 152
橈骨遠位端骨折 68 59 60 42
舟状骨骨折 4 1 2 3
舟状骨偽関節 1 3 1 1
腱損傷 9 16 20 17
靱帯損傷 3 1 3 3
末梢神経障害 37 46 70 83
手根管症候群 27 32 47 68
肘部管症候群 7 14 17 13
関節変性疾患 11 5 9 13
CM関節症 5 3 4 8
炎症性疾患 27 46 44 45
ばね指 17 32 33 29
腫瘍・腫瘍類似疾患 14 17 22 21
ガングリオン 3 5 13 6
拘縮 7 4 10 9
デュピュイトラン拘縮 6 4 7 5
手関節疾患 11 18 7 5
尺骨突き上げ症候群 7 7 2 3
キーンベック病 3 3 3 1
マイクロサージェリー 1 6 1 8
その他 9 17 26 32
強剛母指 5 1 1 0
関節鏡手術 0 3 15 17
合計 271 337 389 388

橈骨遠位端骨折

橈骨遠位端骨折は、手外科で扱う骨折の中でもっとも頻度の高い骨折です。当科では2003年より専用にデザインされたプレートを用いて手術を行っております。現在(2013年10月日)までに411例の手術を行いました。以下に一症例を示します。

橈骨遠位端骨折① 橈骨遠位端骨折② 橈骨遠位端骨折③ 橈骨遠位端骨折④

指の骨折

機械化の進展などによって職務中に生じる指の骨折は少なくなっていく傾向にありますが、一方でスポーツなどによるものは増加傾向にあります。指の骨折が他の部位の骨折ともっとも異なる点は早期の手術を行い、早期より指の曲げ伸ばしを行う必要があるという点です。従って当院整形外科では専門のスタッフが最新の手術器具を使った手術を行い、可能な限り早期のリハビリが可能になるような治療を行っています。以下に一症例を示します。

指の骨折① 指の骨折② 指の骨折③

ばね指(腱鞘炎)

よく耳にする疾患名であると思われます。指の付け根の部分が堅くなり、指を強く曲げた後に伸ばすのが困難で無理にのばすと「カックン」とした感じとともにようやく指が伸びるのが特徴です。この際に痛みを伴うことが多く、次第に伸びにくくなってきます。指をよく使われる中高年の方に多いようです。注射などで治ることも多いですが、上述のような指が「カックン」となるような症状がでてくると手術を行った方が早く治ることが多いようです。入院の必要はなく手術時間は15分程度です。

手根管症候群

手のひらに向かう神経が手関節(=手首の関節)の部分で圧迫されて生じます。やはり中年以降の方に多いようです。最近はパソコンの普及などによりキーボードの操作のために増加傾向にあるようです。親指・人差し指・中指にしびれを感じるのが初発症状で、徐々にしびれが強くなり次第に指先で小さなものをつまむなどの細かい作業が困難になります。さらに放置しておくと親指の付け根の膨らみ(母指球といいますが)が萎んできて手のひらの形が明らかにおかしくなってきます。初期の段階では装具や注射による治療も可能ですが、上述のように母指球の変型が生じると手術による手の機能回復が困難になりますので早期に手術を行う必要が生じてきます。必ずしも入院の必要はありませんが、理想的には2~3日の入院が望ましいと思われます。手術時間は30分程度で、翌日より少しなら手を使うことが可能です。術後約3日目頃からデスクワークなどは可能となります。抜糸は10日から2週間後が目安です。

マイクロサージャリー

顕微鏡を用いて血管や神経を縫合するテクニックをマイクロサージャリーといいます。整形外科以外の領域でも使用される技術ですが、手の手術でいえば指の「再接着」で多用されます。例えば事故などで指が切断された場合に血管・神経を直接を縫合し切り離された指を元通りにつないでしまう技術です。当院でもこのような症例を受け入れ、「再接着」に成功しています。

腱損傷

「腱」とはアキレス腱などのように関節を曲げたり伸ばしたりする「ひも」のようなものです。腱が引きちぎれたり刃物などで切断された場合は手術によって腱を縫い合わせますが、この際にもっとも困難な問題は「癒着」の発生という問題です。縫合した腱に「癒着」が起こると腱はその機能を失い結果として関節の曲げ伸ばしが不可能となってきます。癒着の発生は手術後数日以内に関節を曲げたり伸ばしたりすれば防止できるということはわかっているのですが、一方で関節の曲げ伸ばしを行えば縫い合わせた腱が再び切れてしまうというおそれが常につきまといます。これは手外科における最大のジレンマです。従って非常に強固な縫合が重要であると言えます。当院では特殊な縫合法によって手の腱を縫合し、手術の翌々日より指の曲げ伸ばしを行うことによって、これまで機能回復は望めないとされていた手の屈筋腱損傷の治療を行っています。下の写真は小指の腱の手術を行った翌々日のもので手術直後より指の機能がほぼ完全に保たれていることがわかります。この方の場合は、最終的に小指の機能は完全に回復されました。

腱損傷① 腱損傷②

デュピュイトラン拘縮

手のひらから指にかけて索状の「しこり」ができ、皮膚がひきつれ指が伸びにくくなる病気です。原因は不明ですが、手のひらの皮膚の下にある「手掌腱膜」という組織が堅くなり増殖します。中高年の男性や糖尿病の方の薬指や小指にみられることが多いですが、他の指にも生じます。指が伸ばしにくくなり、日常生活に支障をきたすようになると何らかの治療が必要となってきます。以前は主に手術を行っていましたが、最近は注射で治療することも可能になっています。

手術による治療

まず手術による治療を行った方を紹介します。

手術による治療①

60歳代の男性で薬指の関節が伸びにくくなり受診されました。

手術による治療②

手掌腱膜が皮膚を押し上げ、皮膚がひきつれています。

手術による治療③

別の方ですが、このようにジグザグに切開し手術を行います。

手術による治療④

手術をおこなって約半年です。薬指は伸びて、皮膚のひきつれも消失しました。

注射による使用

2015年から注射による治療が認可されました。増殖した「手掌腱膜」にコラーゲン分解酵素を注入し「手掌腱膜」を分解する方法です。当然患者様にとっては「切らずに済む」ことがメリットと思われます。

注射による使用①

やはり60歳代の男性です。小指が伸びにくく、かつ皮膚がひきつれているために受診なされました。

注射による使用②

小指を無理に伸ばすと、皮膚のひきつれがよくわかります。

注射による使用③

コラーゲン分解酵素の注射の翌日です。すでに小指が少し伸びています。

紫色のラインは手掌腱膜の位置を確認するためのもので皮下出血などではありません。

注射による使用④

コラーゲン分解酵素の注射の翌日に指を伸ばす処置をしますが、その際に必要な局所麻酔剤を注射する途中で「ぷちっ」と小さな音がして小指が伸びました。

紫色のラインは手掌腱膜の位置を確認するためのもので皮下出血などではありません。また、赤い点状出血は局所麻酔剤注射によるものです。

注射による使用⑤

指で押すと、小指は十分に過伸展しました。

紫色のラインは手掌腱膜の位置を確認するためのもので皮下出血などではありません。

注射による使用⑥

注射後2週間経過しました。小指は十分に伸びました。

注射による使用⑦

十分に「過伸展」します。

注射による使用⑧

皮膚のひきつれも消失しました。

コラーゲン分解酵素の注射療法は、ひきつれの部位や状態によっては行えないことがありますので、主治医にご相談ください。

母指CM関節症

「母指CM関節症」とは

「関節症」とは関節の軟骨がすり減り、関節周辺の骨が変形し、痛みを生じたり関節の機能(曲がる・伸びる)が低下することをいいます。高齢女性の膝関節によく見かけられますが、関節であればどの関節にも生じます。母指(=親指)のCM関節とは母指のもっとも付け根にある関節で、手くびのすぐ近くにある関節です。この関節が「関節症」を生じた状態がすなわち「母指CM関節症」です。

症状

親指で何かをつまむ動作(たとえば、ジャム缶の蓋を開けるなど)で痛みを生じたり、握力が減少したりします。

レントゲン:①正面から

レントゲン①

レントゲン:②側面から

レントゲン②
治療

痛みが軽度の場合は痛み止めの投与や関節注射で対応できます。しかし病状が進行すると手くびから親指にかかるサポーターなどを併用しますが、サポーターをつけると日常生活動作に差支えますのであまり現実的ではありません。中には手術を希望する方もおられ、以下に主な手術を紹介します。

手術①:関節固定術

母指CM関節をなす、二つの「関節面」削ってつなぎ合わせる手術です。

関節固定術

関節固定術は、進行した母指CM関節症や術後に力仕事への復帰を希望する方に主に行われます。欠点は術後固定期間が長いことやポケットなどに手を入れにくくなることです。

手術②:関節形成術

関節を固定せず、関節の可動性を温存する手術です。

関節形成術①
関節形成術②
関節形成術③

当科で関節形成術を受けた方です。右手に手術を受け、1年後です。正常な左と同様に母指はよく動きます。

関節形成術④

縦方向にもよく動きます。

関節形成術⑤

痛みなく摘まむこともできます。

関節形成術は、術後に母指がよく動くことを希望する方に主におこなれます。固定期間が短いこともメリットです。ただし、進行した母指CM関節症には関節固定術が行われることがあります。