独立行政法人労働者健康安全機構 九州労災病院

スポーツ整形外科

スポーツ整形

スポーツ活動は目的別に大きく3つに分けることが出来ます。生活習慣病の予防などの健康のためのスポーツ、趣味としてのスポーツ、競技選手としてのスポーツです。スポーツでは、怪我をしない、障害を起こさない事が重要です。

しかし、サッカー・野球・ラグビーなど、怪我はつきものですし、また、各種スポーツの種類によって障害を起こしやすい部位があります。スポーツ整形外科ではこれらの怪我や障害に対して、元のスポーツに復帰できるように治療を行います。大事な事は「痛みは身体の危険信号」ということです。根性だけでは怪我や障害は治りません。

次に、スポーツ整形外科で扱います障害を部位別に示します。

肩関節

野球などの投球や水泳で障害を起こす事があります。成長期での障害である野球肩はよく知られていますが、一人ひとり身体の成長の早さが異なりますので個人個人にあったトレーニングが必要です。

腱板という部位を損傷しますと腕を持ち上げる事が非常に困難になってきます。その他、特に肩は損傷の部位の特定が困難な場合もあります。

肩の痛みがとれない、肩の筋肉が落ちた、などの症状がありましたら早めにご相談下さい。

肘関節

肩とともに肘は特に野球で多く損傷されます。肩と同様、成長期では酷使しないよう注意が必要です。野球肘の場合、悪化すると長期間投球が出来なくなる事も多く、痛みが起これば早めの診察をお勧めします。

写真で示した上腕骨の遠位端の骨に形の異常を認めます。典型的な野球肘のレントゲン像で正式には離断性骨軟骨炎という病名がついています。

肘関節

また、ゴルフやテニスでも障害を起こしますが、これらの場合、筋肉が腱となって骨につく部位での炎症がほとんどです。正式には上腕骨内(外)上顆炎という病名ですが、一般的にはテニス肘と呼ばれています。放置していてもなかなか痛みがとれません 。

膝関節

膝関節は、股関節のユニバーサルジョイント(自在継ぎ手)のような球状の関節構造とは異なり、非常に不安定な構造をしています。これは、膝に自由度の高い運動性と‘力学的な遊び’を与えるためです。

一方、関節は高範囲の運動域を持つほど、それと反対に安定性は減少していきます。不安定な膝に、安定性と運動性という一見矛盾する役割を見事に与えているのが、靭帯(じんたい)なのです。

膝関節
膝の靭帯の種類とその機能は?

膝の主な靭帯には側方にある側副靭帯と、中心軸の役目をする十字靭帯があります。

  • 前方に走る十字靭帯を前十字(ぜんじゅうじ)靭帯(ACL)といい、膝が前方へ異常に移動するのを防止し、また膝を伸ばす時に下腿を外向きに回す作用があります。
  • 後ろの方へ走る後十字靭帯(PCL)は膝の後方への動揺を防御し、膝を曲げる際に下腿を内向きに誘導します。
  • 内側側副靭帯(MCL)は膝の内側部を、外側側副靭帯(LCL)は外側部を安定化します。膝に過度のストレスがかかっても、靭帯が切れないのは、膝の周りの筋肉がその負荷を即座に吸収し、膝の各組織を防御しているからです。
靭帯が切れる外傷とは?

ACLはスポーツ動作,PCLは交通事故や膝前面の打撲で損傷されます。ACLの損傷は、相手との衝突や打撲よりも、むしろ自分の動作や筋肉の力を自分で制御できない場合に起こる(非接触性損傷)のが特徴的です。具体的には、ジャンプ着地動作、損傷した膝を軸足として方向転換する際に膝が内側に入った場合などです。

MCLは、スキーや、人と接触し合うラグビー、サッカー、柔道、野球などのスポーツで損傷されやすい靭帯です。LCLの損傷は、そう多くはありません。

損傷された場合の治療法は?

MCLのみであれば、ギプス固定をせずに簡易型の膝装具をつけるか、場合によっては装具もつけないで、できるだけ早期に痛みのない範囲で膝を動かす必要があります。そうすることで、損傷靭帯は、治癒するのに必要な力学的情報を早期から、受けとることができるようになります。早期から膝を動かす方法により、手術で縫うよりも、良好な靭帯が形成されます。

十字靭帯(ACL、PCL)の場合には、損傷して3週間以内であれば、特殊な膝装具を用いて保護的に膝を動かしていきます。保護的な早期運動にて、靭帯の治癒に必要な力学的情報を与え、靭帯を元の位置に形態獲得させる方法です。こういう方法をとらない場合、特にACLの場合には、2〜3か月で瘢痕縮小して、極端な例では消失してしまいます。

損傷してすでに3週間以上経過していれば、治療法は異なります。ACLの場合は、主にどのようなスポーツを今後行うかにより、手術(靭帯再建)を勧めたり、筋肉の訓練で様子をみたりします。

再建術の成績は向上しているものの、逆に、ここ数年、再建後の続発性ACL損傷の頻度が予想以上の高さで報告されています。再建靭帯の再損傷のみをみても、2〜19%と報告されています。ちなみに、当院のACL再建法は、骨を付けた膝蓋腱を用いて行っています。

報告者(年) 移植腱 再建者数(名) 経過期間(年) 再建後続発ACL損傷(%) 再建側(%) 対側(%)
Salmon L(2005) BTB,HT 612 2 12.6 6.4 5.7
Pinczewski LA(2007) BTB,HT 180 10 26.7 BTB7.8
HT13.3
BTB22.2
HT10
Shelbourne KD(2009) BTB 1415 5 9.6 4.3 5.5
Paterno MV(2010) BTB,HT 他 56 1 23.2 8.6 17.9
Barrett AM(2011) BTB,HT 他 417 2 - 16.5<25歳
>25歳8.3
-
Brophy RH(2012) - 100 1 12 3 9
Bourke HE(2012) BTB,HT 673 15 23 11 14
Ahlden M(2012) - 18000 5 9.1 4.1 5
堀部秀二(2012) - 153 - 19.7 11.2 8.6
Kamien PM(2013) HT 98 2 - 15.3<25歳
>25歳6
-
Hettrich CM(2013) - 980 6 14.1 7.7 6.4
Webb JM(2013) HT 181 15 27.6 19.3 10.5
Persson A(2014) BTB,HT 12643 <5 4.2 BTB2.1,HT5.1
BTB3.5,HT9.5
<19歳
-
Rahr-Wagner L(2014) BTB,HT 13647 <5 - BTB3.0
HT4.5
-

BTB:骨付き膝蓋腱、HT:ハムストリング

ジャンプや素早い方向転換を必要とするスポーツでは、ACLが機能しないと、不意な力が作用した場合に、うまく膝を制御できなければ不安定になります。横綱クラスの靭帯がないため、小結クラスの内側の半月(板)も損傷される頻度が増してきます。そのためにも、損傷肢位の回避や神経運動器協調訓練が必要となります。

一方、PCLの場合、ほとんどの人で再建手術は必要となりません。筋肉や神経運動器協調のトレーニングが有効です。症状が続く場合は、半月(板)や軟骨損傷の検査が必要となる場合もあります。

(参考文献)
Shelbourne KD et al: Minimum 10-year follow-up of patients after an acute, isolated posterior cruciate ligament injury treated nonoperatively. Am J Sports Med 41, 1526-33, 2013.

「新鮮PCL単独損傷保存療法での最低10年経過後の成績」:PCL単独損傷の長期成績(平均17.6年経過)から、患者は活動性を保ち、筋力良好で、膝可動域も正常で、客観的点数も高いものであった。X線では、どのコンパートメントとも、平均の関節裂隙幅に健/患側差はなかった。PCL単独損傷の保存療法の長期成績が良好なことを考慮すると、再建する場合はこれ以上の成績を示さなければならない。なぜなら、再建にはコストと合併症が付随するからである。

手術をしない場合もする場合も、バランスよく筋肉を鍛え、神経運動器協調能を高めて、不意な状況変化に対応する能力をつけることが重要です。具体的には、セラバンドを用いた筋力訓練、地面把握能力を高めるために足指でのタオルのたぐり寄せ、電車の中での姿勢制御訓練などが挙げられます。

膝十字靱帯損傷に対する当院の独自の治療法:保護的早期運動療法

手術をしないで、損傷した靱帯自体を治癒に導く保護的早期運動療法について説明します。

初めて十字靭帯を損傷してから、20日以内に治療を開始する必要があります。靭帯にストレス(力学的情報)を与えない状態、例えばギプス固定を行えば、靭帯内部に退行性の変化が起こり、靭帯の力学的な強度が低下していきます。また保護せずに膝を動かすと、過度の負荷が損傷靭帯に作用します。

損傷した靭帯には、生理的範囲内でのストレス(力学的情報)を与える必要があります。そのためには、正常な十字靭帯が存在しないことから生じる 異常な膝の動きを最小限に抑える、制動力を持った膝装具(例えばKyuro膝装具)が必要となります。

制動力に優れた膝装具を装着して、十字靱帯損傷の診断が下され次第、直ちに膝を運動させることで、靱帯内の各線維や細胞を数々の力学的ストレスに対抗するように配列させるのです。

保護的早期運動療法①
保護的早期運動療法②

(発表英論文)

  • Hidetoshi Ihara, et al: Acute torn meniscus combined with acute cruciate ligament injury. Clin Orthop Relat Res 307:146-154,1994.
  • Hidetoshi Ihara, et al: Acute tears of the anterior cruciate ligament treated by early protective motion; second-look arthroscopy after 3-month conservative treatment. Orthopaedics International Edition 3:475-483,1995.
  • Hidetoshi Ihara, et al: MRI of anterior cruciate ligament healing. J Comput Assist Tomogr 20:317-321,1996.

腰椎

腰椎もやはり成長期に障害をおこす事が多く、レントゲン的に分離症を認めることも少なくありません。全てのスポーツにおいて腰はトレーニングでも負担がかかります。成長期では腰痛が続く場合でも整形外科受診をお勧めします。

第5腰椎分離症のレントゲン像腰椎を斜めから撮影していますが○の部分で骨が離れているのがわかります。

腰椎

また、20歳以降でも腰痛はかなりの頻度で認めます。単なる腰痛ではなく、腰椎椎間板ヘルニアの可能性の場合もあります。足がしびれるなどの症状がありましたら早めに整形外科を受診して下さい。

足部

30歳以降ではアキレス腱断裂が多くなってきます。これを予防するにはスポーツ前の十分なストレッチです。自分が認識している以上に身体が若くないことがあります。アキレス腱断裂に対しては当科では最新の縫合術を採用、早期リハビリを可能にしています。