独立行政法人労働者健康安全機構 九州労災病院

乳がん

乳房について

乳房は乳汁(母乳)をつくる乳腺小葉と、乳汁を運ぶ乳管、そしてそれらを支え組織を形づくるじん帯と脂肪などからなっています。腺房が乳管で繋がれて乳腺小葉を形成し、乳腺小葉が乳管で繋がれて集まり乳腺葉を形成しています。乳腺小葉で産生された乳汁は乳管を通って乳管洞に貯められ、乳頭から外へ出ます。

乳房について

乳がんとは

乳がんは乳腺に発生する悪性腫瘍で、1994年には胃がんに代わり日本人女性が最も患う可能性(罹患率)の高いがんとなっています。日本人女性の乳がん罹患率は40歳代後半〜50歳代前半がピークで、その後は次第に減少します。現在は年間7万人以上の女性が乳がんにかかり、年間約1万4千人が乳がんで亡くなっています。

また、女性の乳がんの約100分の1程度の頻度ですが、稀に男性が乳がんにかかる場合もあります。女性と比較して5〜10歳程高い年齢層に発症します。

乳がんの多くは、乳汁を運搬する乳管から発生する『乳管がん』と乳汁を産生する乳腺小葉から発生する『小葉がん』からなり、その割合は乳管がんが約85%であるのに対し、小葉がんは3−5%です。その他にも特殊な型の乳がんがありますが、その頻度は高くありません。

乳がんの発生や増殖には、女性ホルモンであるエストロゲンが重要な働きをしていることが知られています。つまり、体内のエストロゲン濃度が高いことや体外からの女性ホルモンの追加により乳がんのリスクが高くなる可能性があると考えられています。また、体内のエストロゲン濃度が維持されている期間が長いほど、乳がんのリスクが高くなると考えられており、初潮が早いことや閉経が遅いこと、初産年齢が遅いことなどがリスク因子と考えられています。

また生活習慣では飲酒、喫煙が乳がんのリスクであることがほぼ確実であるとされています。これらの因子の多くは除くことが難しく、乳がんの発生自体を止めることは困難です。そのため、自己検診やマンモグラフィー検診等による早期発見が重要です。

乳がんの発生と増殖について

1個の上皮細胞が遺伝子異常により無秩序に増殖・癌化し乳管内に充満し(非浸潤癌:DCIS)、基底膜を破って乳管外に広がります(浸潤癌)。その後、血行性・リンパ行性に他の臓器へ移行し生着・増殖することで遠隔転移病変となります。

一般に乳がん細胞のdoubling time(がん細胞が分裂するのに要する時間)は約90日と言われており、1cmのしこりになるまでには7年以上かかります。ただし、一部増殖能の高い急速増大するタイプもあります。

乳がんの診断について

問診

自覚症状、症状の詳細や経過、既往歴(基礎疾患、乳腺疾患の既往、月経状況、閉経年齢など)や家族歴などを問診票に記入して頂きます。

視触診

乳房を観察し形の左右差が無いか、皮膚のくぼみや引きつれ、赤みなどが無いかを診ます。次に、乳房にしこり(腫瘤)が無いか、乳頭からの分泌物が無いか、腋のリンパ節の腫れが無いかなどを触診します。

マンモグラフィー

乳房を装置に挟んで圧迫した状態でX線撮影をする検査です。両側乳房を客観的に評価でき、乳腺超音波検査では検出しにくい微細な石灰化病変の検出に優れています。検診での死亡率低下が立証されている検査方法です。

乳腺超音波検査(乳腺エコー)

視触診、マンモグラフィーで指摘された病変の評価のために行う検査です。病変の存在部位や広がり、大きさなどの情報をリアルタイムに描出、評価できます。大きさ数ミリの小さな病変が見つかる場合もあります。

その他の画像検査

腫瘤ががんであるかどうかの評価や病変の広がり、乳腺以外の臓器への転移が無いかの評価のために、造影CT検査、造影MRI検査、骨シンチなどの検査を行います。

細胞診・組織診

腫瘤などの病変が見つかり、がんの可能性が考えられる場合は細胞診・組織診を行います。腫瘤に注射針を刺して細胞を吸って採取する穿刺吸引細胞診、更に太い針を病変に刺して組織の一部を採取する針生検などがあります。検査は外来処置室で行います。検査結果は1−2週間後に分かります。

乳がんの治療について

現在、乳がんに対しては 1.手術 2.薬物療法 3.放射線治療 などを組み合わせる集学的治療が行われます。

当院では、診察や各種検査により病状を充分に評価し、患者様のご希望に沿うように努め、科学的根拠に基づいた治療方法をご提案致します。

手術

乳がんの手術は、a.乳房の腫瘤を取り除く目的と、b.わき(腋窩)のリンパ節への転移を評価する目的に大別されます。

乳房の腫瘤を取り除く手術

乳房切除術(乳房全摘術)と乳房部分切除術(乳房温存手術)が標準術式として行われています。

  • 乳房部分切除術は、切除後の乳房のかたち(整容性)が比較的保たれ、腫瘍と切除線との距離が確保出来る場合が適応となります。腫瘍のサイズが大きく部分切除が難しい場合は、手術前に抗がん剤治療を行うことで腫瘍を小さくしてから、部分切除を行うこともあります。また、乳房部分切除術を受けた場合には、術後に適切な放射線治療を受ける事が重要であり、原則として必須です。当院では術後の放射線治療を入院、通院いずれでも受けていただけます。
  • 乳房切除術は乳房部分切除術の適応でない病変が対象となります。大胸筋、小胸筋は残して、乳房全体を切除する術式です。乳房切除術で腫瘍を完全に取り除けた場合は術後の放射線治療は行いません。ただし、腋窩リンパ節転移が高度な場合や腫瘍系が大きい場合など、再発のリスクが高いと考えられる症例では術後放射線治療を行うこともあります。
わき(腋窩)のリンパ節転移の評価
術前の画像診断や診察等で腋窩リンパ節への明らかな転移が無い場合は、センチネルリンパ節(リンパ流に乗ったがん細胞が最初に到達するリンパ節)生検を行います。術中に顕微鏡検査を行い、転移がなければ腋窩リンパ節の郭清(腋窩のリンパ節を広範囲に取り除く)を省略できます。一方、センチネルリンパ節に転移を認めた場合は、腋窩リンパ節郭清を行う必要があります。
わき(腋窩)のリンパ節転移の評価
その他の手術
乳房温存手術が不可能で乳房切除が行われた場合、手術によって失った乳房、変形した乳房をできるだけ元の状態に戻すための手術が乳房再建術です。人工乳房を用いる方法や自家組織を用いる方法がありますが、現在当院では乳房再建術は行っておりません。

薬物療法(化学療法、内分泌療法)

術前化学療法

腫瘤が大きく、乳房部分切除が難しい場合や、腋窩リンパ節転移がある場合は、乳房の手術前に抗がん剤を用いた化学療法を行う場合があります。乳房温存率の向上、再発転移の予防、抗がん剤の効果判定が出来る事などが術前化学療法の利点ですが、稀に化学療法中に腫瘤が増大する例や、病勢が進行する例もあります。

化学療法を手術前に行う場合と手術後に行う場合とでは、生存率に差はありません。

術後化学療法

乳がんの術後に、画像では捉えられませんが既に全身に広がっている可能性がある潜在的な微小転移を制御し、転移再発を予防することが目的です。再発の危険性が比較的高いと予測される場合や内分泌療法の適応が無い場合に行います。

病理組織学的診断の結果により化学療法の内容を決定します。3週間に1回の点滴治療が主で、外来通院で行えます。なお半年〜1年間の治療となります。

主な副作用として、脱毛、消化器症状(吐き気、嘔吐、下痢など)、倦怠感、骨髄抑制(免疫能の低下)などがあります。脱毛は抗がん剤投与から2−3週後から始まり、治療終了後3−6ヶ月で生え始め、約2年で生えそろいます。全ての抗がん剤が脱毛を引き起こすわけではありません。

吐き気、嘔吐は個人差が大きいですが、近年は効果の高い吐き気止めが使用できるようになっているため、以前と比べると症状が抑えられるようになっています。骨髄抑制は抗がん剤投与から1−2週間後に起きる事が多く、血液の中の白血球が減少することにより、免疫機能が低下し細菌やウイルスに感染し易くなります。重篤な感染症により致死的になる場合もあります。

内分泌療法

乳がんは女性ホルモンであるエストロゲンに依存し増殖するものが多く、エストロゲン産生抑制や作用を阻害することでがんの増殖を抑えます。

閉経前と閉経後ではエストロゲン産生の機序が異なるため、治療方法が変わります。閉経前はエストロゲンを抑える抗エストロゲン薬を5年間内服するのと併せて、卵巣の働きを休めて月経を止める薬(LH-RHアゴニスト)の皮下注射を4週に1回または12週に1回、お腹の皮下脂肪に注射します(2−3年間)。

閉経後では卵巣からエストロゲンがほとんど出なくなり、代わりに脂肪組織から出るアロマターゼという物質がエストロゲン産生に大きく関与します。従って閉経後はこのアロマターゼを抑える薬(アロマターゼ阻害薬)を5年間内服します。

放射線治療

放射線治療は大きく分けて下記の3つの目的があります。

乳房部分切除術後の温存乳房への治療
温存乳房内に遺残する微小病巣の根絶による局所制御率の向上
乳房切除後(全摘後)の治療
高リスクの乳房全摘後の局所、領域リンパ節再発の抑制、生存率の向上
転移、再発に対する治療
乳がんの転移、再発に対しては薬物療法が基本となりますが、骨転移、脳転移、局所再発(胸壁、リンパ節)などに対して放射線治療を行う場合があります。

当院はこれらの治療に対応出来る放射線治療装置を有しており、常勤の放射線治療専門医が在籍しています。治療は放射線科を受診して頂き、治療計画を立てた後に開始します。治療目的によって放射線照射量や回数は変わります。1回の放射線照射時間は数分程度であり、通院による治療が可能です。